ジークウッドの街を出発してから六日が経過したが、ランデルはまだ戻って来ていない。
馬車の中には俺とアルの二人きりだ。「勇者様、怖い話はお好きですかっ?」
「いや、あんみゃりちょきゅいじゃにゃいにゃあ」
※いや、あんまり得意じゃないなあ「じゃあ、怖がらせちゃおうかなっ!」
何気なく会話をしていると、どうやらアルが怖い話をしてくれるようだ。
俺は、ホラー系の映画を見たり怪談話を聞くと、夜にトイレに行けなくなるほどの怖がりなのだ。 聞きたくないのが本音ではあるが、この世界の怖い話というのに興味が出てしまったのも事実。 日本とは恐怖の感覚が違う可能性があるので、俺でも大丈夫かもしれないと思ってしまった。「これは、『おじいちゃんのお守り』というお話ですっ……」
ダリング王国のある村に、テレスという青年が住んでいた。
彼は一人っ子で、両親と父方の祖父の四人で暮らしていた。彼の両親は、農家として野菜を育てて生計を立てていた。
元は騎士であった祖父が引退してから開拓した農地を、テレスの両親が引き継ぐ形で管理していた。肥えた土壌がもたらす美味しくて栄養豊富な野菜は高く売れた。
裕福とまではいかないが、テレスは何不自由ない生活を送っていた。 両親にたくさんの愛情を注がれて育てられたので、テレスは優しく思いやりのある青年になった。 しかし、テレスには誰にも言えない秘密があった。ある晩、テレスは父親に呼び出された。
「テレス、本当に農家を継ぎたいのか? お前が隠れて森の中で剣を振っているのを知っているぞ。自分の人生なんだから、好きなようにやっていいんだからな?」テレスは、一人っ子の自分が家業を継がなければならないと考えていた。
騎士になりたいという夢を、胸の中に秘めたままでいいと思っていた。 しかし、父親の一言で押さえ込んでいた感情が溢れてしまった。「父さん、すまない。子供の頃から騎士になりたかったんだ。自分の力
「ちょっとあなた、どういうつもりなの!」 外の騒がしい気配で目が覚めてしまった。 どうやら部屋の外で女性と男性が言い合いをしているらしい。 少し離れているようだが、大声で口喧嘩をしているせいで丸聞こえだ。「お前こそうるさかったじゃないか!」「私が何をしたって? 何かを引きずっていたのはあなたの方じゃないの!」 何事かと別の部屋からも様子を伺いに来る人が出始め、異変に気付いた宿の管理人が男女の仲裁に入ったようだ。 しばらく白熱していたが、双方和解する形で落ち着いたようだ。 迷惑な人達だと思いながらも、溜まっていた疲れには勝てず、テレスは再び眠りについた。 ドン ドン ドン テレスの部屋のドアを強くノックする音がする。 驚いて飛び起きドアを開けると、そこには体格のいい青年が立っていた。「お前、何やってんの? うるさくて眠れねえよ!」 急に怒鳴られたが、テレスには心当たりが無い。 ただ寝ていただけなのだが、疲れからイビキでもかいてしまっていたのだろうか。「すみません、そんなつもりは無かったのですが。私は疲れて寝ていただけですよ?」「はぁ? そんな訳ないだろうが! おい、ちょっと失礼するぞ?」 青年は部屋に押し入ると、首を傾げた。 こんなはずはないと、一生懸命に床を確認し始めた。 何をしているのか分からないが、気の済むまで調べさせてあげた。「反対側の部屋の可能性はありませんか? 本当に寝ていただけなので、私の部屋ではないと思いますよ?」「そうかもな。勘違いしたのかもしれない。邪魔して申し訳なかった!」 もしかすると、この青年も明日試験を受けるのかもしれない。 申し訳なさそうに部屋に戻る青年を見て、緊張でピリピリしていただけで根は良い奴なのかもしれないと思った。 一緒に合格出来たらすぐに友達になれそうだなと少し嬉しくなった。 再びベッドに戻ったテレスであったが、こう何度も起こされてはなかなか眠ることが出来なかっ
恐ろしい体験をしてから三日が経過した。 あれからというもの、アルが面白がって怖い話をしようとしてくるので困っている。 俺は耳を塞いでアーアーと喚くことで回避しているが、この鉄壁と思われる防御方法もいつまで有効か分からない。 コメントもアルの怪談話が怖かったらしく、ホラー好きの視聴者が話を聞かせろとうるさい。 美女のする怖い話がたまらないという謎の層も居るみたいだが、全部無視だ。 順調に進めば明日にでも王城に到着するらしいのだが、未だランデルは戻っていない。 そろそろ本気で心配してもいいのではと思うけれど、俺を含めて部隊の誰も気にしてしている素振りを見せないのが不思議だ。 もしかしてランデルは嫌われていたのだろうか。「しょういえびゃしゃ、きょにょみゃえにょきょわいひゃにゃしにゃんぢゃきぇぢょ、おみゃみょりぢゃちょおみょっちぇちゃにょにきょわいみぇにあうっちぇしゅきゅいようぎゃにゃいよにぇ?」※そういえばさ、この前の怖い話なんだけど、お守りだと思ってたのに怖い目に遭うって救いようが無いよね?「そういうものではないですか? オバケなんて理不尽な物だと思いますけどねっ。勇者様は何か怖い話ってあります?」「いや、きゃいぢゃんびゃにゃしはみょうきょりぎょりぢゃよ」※いや、怪談話はもうこりごりだよ いたずらな笑みを浮かべたアルがクスッと笑った。「怖がる勇者様も子供っぽくて可愛いですよっ?」「にゃんきゃやぢゃにゃぁ」※なんかやだなぁ 俺が頬を膨らませると、アルがプニプニとつついて遊んでいた。コメ:おい勇太、目開けて寝れるようになったか?コメ:接着剤でまぶた固定してアルちゃんの怖い話聞けよ!コメ:この角度のアルたんキャワワ【一万円】コメ:片目だけでもまぶた切り取ったら五百万マネチャしたるわ。コメ:それいいなw 俺も三百万出すわw勇太:いや、無理ですよwコメ:なにわろとんねん!コメ:口動かす前に目動かす努力しろ。○すぞ!コメ:口を動かす
魔法使いが交代で夜空に光の魔法を放ち、広範囲を明るく照らしながら、速度を緩めて慎重に行軍を続けていく。 時折、炸裂音が鳴るのは威嚇が目的だろう。 ソナーのように広がる光が風景に色を与えると、一瞬だけ訪れる漆黒の世界がやけに恐ろしかった。「魔法部隊と偵察部隊は周囲の警戒を続けろ! 野営の準備だ!」 ノイマンの号令で馬車が停まった。 外に出ると、街道沿いの林の中にある少し開けた場所だった。 兵士達はテキパキと働き、野営地の周りに篝火を設置して灯りを確保していく。 別の場所では炊事係りが大きな鍋で大量の麦粥を作っている。 味が薄くてぱっとしない麦粥だが、ここ数日は抜群に美味しくなっている。 先日倒したブラックジャイアントオークの骨を小さく砕き、アルが炎でこんがり焼いてくれたおかげで保存がきくようになった。 その骨でとったスープで押し麦を炊くので、出汁が違うのだ。 今日の麦粥も期待できそうだと俺の鼻が言っている。 俺とアルのために設営してくれたテントの近くで休んでいると、給仕係の騎士が麦粥を届けてくれた。 相変わらず見事な立ち振る舞いだ。 アルのことを奥様と呼ぶようになったので、アルもご満悦の表情である。 そして、やはり今回の麦粥も美味しかった。 商人のエドから香辛料を大量に貰ったらしく、毎食違うスパイスが効いている。 飽きないように工夫してくれているのだろう。 その心遣いが嬉しい。 食事が終わると、魔法使いの出番だ。 今日の野営地は近くに水場が無いので、水の魔法で空になった食器を洗う。 あちこちで大きな水の玉を空中に浮かせたローブ姿の男達が、その中に食器を突っ込んでゴシゴシと磨く様子がミスマッチすぎて面白かった。 空が明るくなったらすぐに出発するらしいので、早めに寝ておく必要がある。 だがその前に、お花を摘みに行かなければならない。 音や臭いが届かないように、暗い林の中まで行って用を足すのが最低限のエチケットだ。 篝火から遠ざかると
一夜明け、王都に向けて部隊が出発した。 馬車の中にはアル、ランデル、俺の三人で乗っている。 いつものように俺の隣にはアルが座り、ランデルは俺と向かい合うように座っている。 前回アルがランデルを蹴り飛ばした時に、アルの前方の座席が吹き飛んでしまったからだ。 ランデルからは、アルに対して怒っているとか、憎んでいるとか、仕返ししたいとか、そういったマイナスの感情が見えない。 生死の境を彷徨ったのにも関わらず、何も無かったかのように、自分が逸れてからの出来事を説明している。 身振り手振りを交えながら話す様子は楽しそうにすら見える。 ランデルが俺達の視界から消えた後、その勢いのまましばらく街道を逆走し、森の中へと入った。 何本もの木々を突き抜けて、大木の半ばまで頭からめり込んだところでやっと停止した。 脳震盪を起こしたランデルは、そのまま気絶してしまった。 しばらくして目を覚ましたランデルの視界は真っ暗で、身動きが取れない状況だった。 木の中に居るのだから当然なのだが、その時のランデルは記憶が混乱していて何が起こっているのか分からなかったらしい。 かろうじて少し腕が動かせたので、周囲を手探りで把握しようとしたところ、壁のような何かに囲まれている事に気づいた。 少しでも隙間を作ろうと、背中で踏ん張り目の前の壁を押してみると、メリメリという裂けるような音とともに少し空間が広がった。 これはいけると思ったランデルは、全身の力を瞬間的に爆発させた両手の掌底を打ち込んだ。 炸裂音とともに大木がへし折れ、目の前に夜空が現れた。 そこでようやく自分が森の中に飛ばされたことを思い出したという。 ランデルは急いで街道に出ようとしたが、随分と深い森の中だったようで、迷っているうちに次から次へとモンスターが襲いかかって来た。 愛剣を荷馬車に置いていたので、片っ端から飛びついて頚椎を捻り上げて殺したらしい。 彷徨いながら戦い続けること二日間、ついに街道に戻ることに成功した。 街道に戻って走り出すと、途中にライトニングビーストの首が落ちて
玉座には既に王様が腰を下ろしている。 王様の隣には、大臣らしき男が手を後ろに組んで立っている。 真っ赤な絨毯の上を進むと、ランデルが膝をついて屈んだ。 ここで、勇太お休み作戦その一『無法の歩み』を見せる。 王様に向かって歩き続けるだけなのだが、嫌でも注目を浴びることになる。 それによって俺の発言に力を持たせるのだ。「おうしゃ……」※王さ……「ランデルより報告があります! モロンダルの坑道にて四天王の一人、狂乱の一角獣ライトニングビーストをユートルディス殿が討ち取りました!」 ……おい。 このジジイ、邪魔しやがって! まあ、まだ作戦は山程ある。 勇太お休み作戦そのニ『波状攻撃』を繰り出すことにしよう。 誰かの言葉に続けて話すことで、相手の聞く意識を持続させるという作戦だ。「あにょ……」※あの……「どの面を下げて戻って来た! 余の言葉を忘れたとは言わせんぞ、ランデル! 貴様の忠誠心、そして王国一と言われた剣の腕を信じた余の顔に泥を塗りおって!」 ……いやいや。 俺にも喋らせて欲しいんだが。 王様がブチギレているから、落ち着くまで少し待った方がいいかもしれない。 今まで見た人の中で一番怖いかもしれない。 物凄い剣幕だ。 あまりの迫力に、びっくりして俺も片膝をついてしまった。「も、もちろん覚えております。しかし、ネフィスアルバ討伐の為にジークウッドの街に立ち寄りましたところ、ユートルディス殿が四天王の一人、炎眼の死神アルテグラジーナと結婚すると言い出しまして……」 ……は? このハゲ、我が身可愛さに俺を売りやがったんだが。 全責任を俺に押し付ける気だ。 結婚はアルから言い出した事であって、
城を出発した俺達は、四天王の一人、残虐の王ネフィスアルバが潜むオウッティ山脈へと向かう道中にいる。 最後に王様と会話をした後からほとんど記憶が無いのだが、今は夜営の最中みたいだ。 そういえば、王様公認の夫婦となって初めての夜を経験する事になる。 新婚初夜といえばやる事は一つなのだが、兵士達に囲まれたこの状況でお誘いする勇気は俺には無い。 本当の勇者だったらお構いなしなのかもしれないが。 テントに入ると、アルがこちらに背を向けて横になっていた。 黒いドレスが少しめくれて、お尻の近くまで露わになった太モモがとてつもない破壊力だ。 色々と触りたい欲が溢れてくるが、歯を食いしばって我慢する。コメ:うおおおおおお!【五万円】コメ:ありがとうございます、ありがとうございます!【十万円】コメ:勇太、分かってきたじゃねえか。【五万円】コメ:やっと仕事したな!【二万円】コメ:勇太くんさあ、何見ちゃってんの? 次は目を閉じて映せるように頑張ろうな?【八万円】 俺は、獣のような衝動を抑える為に、あえて紳士的に振る舞う事にした。 以前、立ち読みしたメンズ雑誌の中に『モテる男は女性をこう扱う!』という記事があった。 女性との会話は褒めから始めろ、触れるなら体ではなく顔、話すより聞くに徹して会話を広げる努力をすべし、優しさ以外要らない等々、目から鱗の知識が記されていた。 はっきりと聞き取れるように自信のある話し方をしなさいとか、常にポジティブに明るく接しろとか、今の俺には不可能な|箇所《かしょ》はあったが。 鎧を脱いでパジャマ姿になった俺は、アルの背中に寄り添うように座った。「ありゅはきょうみょきゃわいいにぇ。にゃぎゃちゃびぢぇちゅきゃりぇちぇにゃい?」※アルは今日も可愛いね。長旅で疲れてない? まずは、モテ|男《お》先生の教え通り褒めから入る。 更に、自分の中の優しい男をイメージして、指の裏でアルの頬を撫でながら、相手を労わるような言葉を付け加える。 ……あれ?
「しゅみゃにゃいぎゃ、みじゅをみょっちぇきちぇきゅりぇにゃいきゃ?」※すまないが、水を持ってきてくれないか?「はっ!」 アルの体から大量の水分が汗として放出されてしまっているので、心配そうに見守っていた兵士に水をお願いした。 ほっと安堵の息を吐き、アルの額に滲む汗を手拭いで吸い取ってやる。 アルは、長いまつげをたくわえたまぶたを伏せると、弱々しくへにゃりと笑った。 その目元には涙が滲でいた。「ありが……とう……ございます……。良くなった……気がします……」 再び苦しそうな表情を浮かべたアルのひたいから、大量の汗が噴き出す。 アルを抱える俺の腕も湿ってきていることから、症状が治まっていないのが分かる。 明らかに強がりを言っている。 ハイポーションの効果が出るのには時間が掛かるのだろうか。 いや、そんなはずが無い。 俺が溺れた時、ランデルは俺にハイポーションを飲ませてすぐに、俺が助かったと確信していた。 万能薬でも治せないような絶望的な状態なのかもしれない。「勇者殿、水をお持ちしました!」 兵士が水を持ってきてくれた。 水差しからコップに注いでもらい、アルに水を飲ませる。 一瞬安らいだような表情を浮かべたが、すぐに歯を食いしばるように苦しみだしてしまった。 アルの体は熱を持ち、薄らとピンク色に染まっている。 胸部が苦しそうに上下し、首筋から流れた汗が胸元を伝う。 俺に癒しを与えてくれる唯一の存在が目の前で苦しんでいるのに、これ以上何も出来ないのが歯痒い。 水を飲ませて、汗を拭いてあげることしか出来ない。「ぢょうしちゃりゃ……」※どうしたら……「勇者……様……。手を…&hel
馬車は、豊かな緑に囲まれた広い街道を走っている。 木々の間を通り抜ける風は青々とした草木の香りを含み、大きく息を吸い込むと気分が落ち着くような気がする。「蛇がとぐろを巻くように生えているのが蛇木(じゃぼく)、妖精の羽のように一対の半透明の葉があるあの花はフェアロワイス、茎がまん丸と大きく傘が屋根のようになっているキノコが家茸(かたけ)、家茸の茎には入り口があって、中に入った生物を養分にするんじゃ」 ランデルが外を指差し、ナタリアにあれはこれはと教えている。 くしゃりと目尻に横皺を寄せた青い鎧の老兵は、なんとも好々爺然としている。 ナタリアもランデルに懐いているようで、おじいちゃんと孫のような関係性になっていた。 父になって早六日なのだが、色々と変化があった。 最近の子供は成長が早いと聞くが、俺の娘のナタリアは小学校五年生くらいの身長になっている。 飛んだり跳ねたり走り回ったりと元気いっぱいだ。 髪も肩まで伸びて、癖のない真っ直ぐな黒髪が光を浴びて天使の輪を作り出している。 アルに似て整った顔立ちだが、つり目がちで勝気な雰囲気がある。 子供らしい喋り方ではあるが、もう普通に話せるようで、いつの間にか兵士達のアイドル的存在になっていた。 昼の休憩と夜の野営の時、兵士達はナタリアを奪い合うように話したり遊んだりしている。 裁縫上手な兵士がナタリアの服を作ってくれているのだが、有り合わせの布で作った間に合わせなので、デザインはあまりよろしくない。 ナタリアは、アルのことをママと呼び、俺のことをダディと呼び、ランデルのことをハゲちゃんと呼ぶようになった。 アルの血を強く受け継いでいるのか、アルのように炎を操ることが出来るようだ。 また、俺とは違い身体能力も高いようで、棒切れを使った模擬戦という名のチャンバラごっこではあるが、ノイマンと互角以上に戦っていた。 次はハゲちゃんを倒すと意気込んでおり、非常に愛くるしい。 反抗期に殺されないことを祈るしかない。 そして、俺にとって重大な問題が発生している。「にゃあ
強い風を感じて目が覚めた。 いつの間にか椅子の上で横になっていたようで、目の前にはランデルと王様が座っていた。 前後左右に揺れている感覚があるが、箱馬車の中にでも居るのだろうか。 白い車内に赤い椅子とメルヘンチックだ。 どうやら、気絶している間に連れ出されてしまったらしい。 ふと視聴者数を見ると、四千人に減っていた。 最近は、何もなくても二万人前後が見てくれていたのだが、アルとナタリアが周りに居ないとここまで少なくなってしまうみたいだ。 一時期、一桁台にまで落ちてコメントが無くなってしまった事を考えれば、俺だけの配信でもこれだけ集まってくれるのは素直に嬉しいのではあるが。コメ:お、起きたか?コメ:大変な事になってるぞ!コメ:外見ろ外!コメ:勇太くん、リセットせなきついで?コメ:今回はさすがに死んじゃうかも。コメ:早く外見ろ! なんだかコメントが騒がしい。 目の前のランデルも王様も和やかに会話をしているというのに、何故リセットする必要があるのだろうか。 寝転がりながら窓を見ると、今日の天気は快晴のようだ。 こういう日は、俺の心も晴々とした気持ちになる。 少し肌寒いが、青々とした空がとても綺麗だ。 さぞ景色も輝いて見えることだろう。 起き上がって窓の外を見てみると、俺は空に居た。「にゃんぢゃきょりゃあああああああ!」※何だこりゃあああああああ! 木も、街も、山すらも小さく見える。 切り立った岩山、青々とした平原、森の中に佇む奇岩、上空から見る世界は壮大で、言葉に出来ないほど美しい。 時折雲を突き抜け、景色が流れるように変わっていく。 なかなかスピードが出ているようだ。 ……どうしてこんな事になっているのだろうか。「ユートルディス殿、お目覚めですかな?」「勇者よ、まもなくだぞ。気を引き締めよ!」コメ:だから言ったじゃん!wコメ:睡眠時三
「ハゲちゃん、お城に着いたらベッドで寝れるかな? あたし、またフワフワしたい!」「城のベッドは、もーっと柔らかいじゃろうな。しばらくは毎日気持ちよく眠れるのうナタリア」「本当? あたし楽しみ!」 ジークウッドの街でベッドを経験してから、ずっとこんな感じだ。 初めてベッドに横になったナタリアは、寝そべりながら空に浮いているみたいと感動していた。 俺達は今、森の中を走っているのだが、ここを抜けたら城が見えてくる。 闇皇帝ドラキュリオを倒すには色々としがらみがあり、準備期間中は城で過ごすことになるというランデルの話を聞いたナタリアが期待に胸を膨らませているのだ。 このまま順調に進めば、昼過ぎには城に到着するだろう。 俺としては、ベッドよりも国お抱えのシェフが作るご飯の方が気になっている。コメ:当たり前の幸せすら与えてやれない勇太を許してあげてねナタリアちゃん……。コメ:こっから一年近く城で暮らすんだっけ?コメ:近くにダンジョンとか無いのか? 同じ場所で同じ日常を見続けるのはきついぞ?コメ:いやいや、勇太が戦えるわけ無いだろwコメ:ゴブリンてスライムより弱いんだっけ?コメ:ワロタwww コメントの言う通り、俺も長期間冒険が出来ない事を危惧している。 変わり映えの無い毎日という、俺が捨てたものを見せてしまう事になる。 この世界に来る前とは違い、今の俺にはアルとナタリアという家族がいる。 つまらない日常とはならないだろうが、それは俺にとってであり、視聴者からすると退屈かもしれない。 俺が選んだラドリックという世界にも、タイキンさんが活躍しているようなダンジョンは存在している。 元々、タイキンさんのような配信をしたくてこの世界を選んでいるからだ。 城の近くにダンジョンがあるかは分からないが、俺に倒せるのはスライムくらいだろう。 いや、スライムすら倒せないかもしれない。 ゲームのようにレベルという概念があればいいのだが、それが無い以上は難し
宿の近くで飯屋を探していると、一際賑やかな客引きが居た。「楽しい食事を体験してみない? 旅の思い出になること間違いなし! 今だけオープン記念でお得に食べれるよ!」「ダディ、楽しい食事だって! あたしあそこの店がいいかも!」「ちゃしきゃにきににゃりゅにぇ!」※確かに気になるね! まだ空席があったようで、すぐに案内してくれた。 オープンしてまだ三日しか経っていないらしい。 コース料理の店なので、酒場でワイワイやりたい客層が多いジークウッドの街ではイマイチ客の入りが良くないのだとか。 店内は、テーブル席が六つの暖かい雰囲気で、厨房に居るやけに体つきがいい角刈りの男がミスマッチだった。「メヂールのカルパッチョだ。緑の皿から食え」 角刈りが料理を運んでくれた。 マグロに似た薄切りの魚が花の形に盛り付けられ、サラダが添えられている。 ドレッシングで半円状に模様が描かれていて、見た目でも楽しませてくれるようだ。 とても目の前で腕を組んでいるゴリラのような男が作ったとは思えない。 何故この男は料理を運んだ後も俺たちのテーブルの近くで仁王立ちしているのだろうか。 そして何故全く同じ見た目のカルパッチョが二皿ずつあるのだろうか。 |縁《ふち》が赤と緑の二種類の白い皿がある。「早く食え」 角刈りが急かしてくる。 この店が流行らないのはこいつのせいなんじゃないか?「何これ! 全然違う!」「本当ですねっ! 見た目も味付けも全く同じなのに、何故でしょうかっ?」 二つの皿を食べ比べたナタリアが驚きの声を上げている。 アルは、片方の皿から一口食べて目を瞑り、別の皿から食べて首を傾げている。「ほう、分かるかい?」 ゴリラの表情は変わっていないのだが、声のトーンが一つ上がった気がする。 よく見るとソワソワしていて、少し嬉しそうだ。コメ:勇太早く食えよ!コメ:ウホウホ言ってる奴をお前の舌で黙らせろ!
「ランデル殿に伝令、ジークウッドの街に到着しました!」「見張りは交代で、それ以外は自由行動! 今日は羽目を外して、精一杯英気を養え!」 オウッティ山脈を出発してから六日経ち、夕暮れ時にジークウッドの街に到着した。 兵士達も疲れや色々な物が溜まっているだろうということで、今日は街で一泊する。 こういう時は鎧を脱がせてもらえるし、久々に野営の硬いゴザのようなマットではなく宿屋の柔らかいベッドで眠れるのは嬉しい。 ナタリアは生まれて初めてベッドで眠ることになる。 そう考えると不憫でならない。コメ:ずっと思ってたんだけど、配信方式が視界共有だと勇太くんが寝る時に画面が真っ暗になるから、睡眠時は三人称にしてくれん?コメ:あ、俺もそれ思った!コメ:ワーキャスの自動設定で変えれるで?勇太:俺と一緒に寝て、俺と一緒に冒険して、みんなで同じ時間を過ごせると思ってたんですが。コメ:誰がお前の生活リズムに興味あんねん!wコメ:アルちゃんとかナタリアたんの寝顔見たいんじゃこっちは!コメ:これがゴブリンの思考かwwwコメ:ゴブトルディスはよ設定変えろ!コメ:ゴブトルディス草 ナタリアとランデルのディベートから、コメントが面白がってゴブリン呼ばわりしてくる。 まだこの世界のゴブリンを見た事が無いのにも関わらずだ。 結構傷ついてるんだからな!「ユートルディス殿! 前回は一緒に行動しましたが、今回はどうします? ワシはいつものアレに行きますが」「おりぇはありゅちょにゃちゃりあちょきょうぢょうしようきゃにゃ。きゃにぇぢゃきぇきゅりぇ!」※俺はアルとナタリアと行動しようかな。金だけくれ!「そうですか。ユートルディス殿も丸くなったもんですな……」 一緒に夜遊びしたのは一度きりの筈なんだけど、このジジイは俺の何を知っているのだろうか。 日本で暮らしている時も安月給だったから、楽しみといえば配信を見るぐらいしか無かったのだが。 まあ、こいつは俺をゴ
コメ:なんか緊張してきたなwコメ:議題がしょうもないけど楽しみだわ。勇太:俺がカッコいいとかダサいとか自分で言うの恥ずかしいんですけど。コメ:たしかにwwwコメ:じゃあ何でその議題にしたんだよ!wコメ:何で勇太だけ罰ゲームになってんの?w「しょきょみゃぢぇ! しぇんきょうにゃちゃりあ、いきぇんをぢょうじょ!」※そこまで! 先攻ナタリア、意見をどうぞ!「カッコいい男って、あたしは思いやりがあって頭がいい人だと思う。 今着ている服はダディが買ってくれたんだけど、あたしがママみたいに可愛い服を着たいって気付いてくれて、服屋さんに連れて行ってくれたの。 高級店で高い服だったのに、あたしが店の中で悩んでたのを見てくれてて、似合うからって三着も買っちゃって。 その時ね、あたし実は見てたんだよね。 会計の時に、ダディのお金が無くなっちゃったのを。 ダディったら、自分の服も買わなきゃいけないのを忘れて、全部あたしとママの服にお金を使っちゃってたんだから。 気付かないフリして次のお店に行ったんだけど、そこの服も可愛くって、ついダディに欲しい服を見せたら、買うって言うの。 お金も無いのにどうするんだろうと思ったら、機転を利かせてハゲちゃんに買ってもらっちゃったんだよ? あたしのダディは、優しくて、頭が良くて、世界一カッコいいんだから!」「……うん、うん。ちょっちょみゃっちぇにぇ」※……うん、うん。ちょっと待ってねコメ:え、勇太くん泣いてる?wコメ:きしょwコメ:ナタリアちゃんええ子や!【一万円】コメ:俺もこんな娘が欲しい。【二万円】コメ:この短時間でこんなに上手く話を|纏《まと》められるの凄すぎんか?【一万円】コメ:このプレゼンに勝つの無理じゃね?wコメ:いい話だけど、勇太は頭良くないよな?コメ:言っちゃダメ!www「しょりぇぢぇは、りゃんぢぇりゅきゃりゃしちゅぎを!」※それ
「伝令兵はすぐに出発しろ! 補給はジークウッドの街で一度のみ、最短で城へと戻るぞ!」 待機部隊と合流し、短い作戦会議の後すぐに出発する事になった。 もちろん俺はその作戦会議に呼ばれていない。 これから二週間近くかけて城に戻るのだが、馬車の中でランデルから作戦について教えて貰った。 足の速い馬五頭を選び、先に五人の伝令役を城に向かわせることで、ジャックス王に闇皇帝キディス・メイガス・ドラキュリオ討伐の準備を整えて貰うらしい。 俺達が城に到着するより五日程度早く伝令兵が報告する予定だ。 ジャックス王国含む三カ国程度で同盟を組み、一気にドラキュリオ帝国を攻め滅ぼす大規模な戦争になるかもしれないとランデルが言っていた。 ジャックス王国には既に魔王軍のスパイが潜入している為、秘密裏に動く必要があり、実際に戦争が起こるまでには一年以上かかる可能性があるとも言っていた。 異変に気付いたドラキュリオ帝国側が何か手を打ってくる事もあり得るので、不測の事態に備えた緊張状態がしばらく続きそうだ。 この話を聞いていたアルは、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていた。 アルが言うには、ヴァンパイアである闇皇帝は太陽の光に弱いので、夜もしくは自身が発生させた闇の中以外では全力で戦えないらしい。 昼間に闇の外から焼き殺すか、俺が聖なる勇者の力で闇を祓えば一瞬で終わると自信満々の顔で言い放っていた。 ナタリアが俺に尊敬の眼差しを向けていたので心が痛かった。 ちなみに、全力の闇皇帝にはアルでも勝てないらしい。 俺なら勝てるらしいが。 ナタリアのマルーン色の目がキラキラと輝いていたので、罪悪感で胸が苦しくなった。コメ:へぇ、勇者ユートルディスってそんなに強いんだね!コメ:俺達は|欺《あざむ》かれていた?コメ:まあ、四天王の半分はユートルディスがなんとかしちゃってるもんな。勇太:ジャンケンなら勝てるかもしれませんね。コメ:つまんなすぎて草コメ:ユーモア忘れてきた?コメ:勇太くんおもしろーい!(真顔)「ねえねえダディ!
「ダディ見て見てー!」 ナタリアの声が聞こえた。 視線を移すと、魔剣ゲイルウィングを持って走っている。 あの小さな手に握られているのが花やヌイグルミだったらどれほど可憐だっただろうか。 距離を取ったナタリアは、龍の翼に似た黒い大剣を両手で持ち、大きく振りかぶった。 白いワンピースを着た少女が、自分の身長の二倍に近い巨大な剣を軽々扱っているという異常な光景だった。 ナタリアの視線の先には、ダンゴムシのように体を丸めたランデルがいる。 まさかとは思うが……。「ハゲちゃんいくよー!」 ナタリアが右足を前に出した。 玄関を開けて、散歩にでも出掛けるような軽い一歩であった。 ナタリアが体を捻り、剣を振った。 庭で素振りをする野球部のように、その行為に罪悪感など持ち合わせていない。 右から左へ横薙ぎに空を斬った魔剣の刀身から、半円状の漆黒の刃が放出された。 地を這うように飛ぶそれは、ズガガガと大地を削りながらランデルに向かって行く。「はへ?」 突然ナタリアに呼ばれたランデルは、甲羅から首を出す亀のように顔を上げると、情けない声を漏らした。 黒い何かが迫って来ているのだから当然だろう。「ハーゲちゃーん! 受け止めてー!」 魔剣を地面に起き、口の両脇に手を添えたナタリアが可愛らしく呼びかける。 ナタリアの声に反応したランデルは、巨大な鉄剣を持って立ち上がった。 青い鎧の老兵が、先の戦闘で刀身が傷ついた大剣を上段に構えた。 心なしか、その口元は笑っているように見えた。「やるではないかナタリア! ぬううんっ!」 地面を叩きつけるように振り下ろされた大剣が、闇の刃を真っ二つ切り裂いた。 二つの刃が交差した甲高い金属音、その直後に大地が割れる鈍い衝撃音が響く。 爆発した地面が砂埃を巻き上げ、ランデルの姿を覆い隠した。「ハゲちゃんすごーい!」 強い風が砂煙を霧散させると
青の老兵と元騎士団長の誇りを賭けた戦いは、アルが強制的に終わらせてしまった。 騎士のランデルに対しての復讐としては、これ以上ない残酷なものであっただろう。 パワーポーションを飲み、命を削ってまで倒そうとした相手が居なくなってしまったのだ。 水を差されたランデルは、固まったように動けないでいる。 ランデルの周りを陽炎のように立ち昇る空気が、魂が漏れ出しているかのように見えてしまう。 兵士達もどうしたらいいのか分からない様子でポカンとしており、アルとナタリアだけが楽しそうに会話している。 異様な空間が出来上がってしまった。コメ:おい勇太、ランデルを慰めてやれよ。コメ:ランデルも悪いけど、アルちゃんの仕返しもエグいなwコメ:あぁ、アルたそ。俺の頭を消し飛ばしてくれないかなぁ。【一万円】コメ:燃え尽きちまったみたいだな……。勇太:大量に買った携行食はどうするんでしょうね?コメ:心配するとこ違くね?wwwコメ:思考が主婦で草「ノイマン、ネフィスアルバを立たせよ!」「はっ!」 ランデルの指示で、ノイマンがネフィスアルバの元へと走る。 ランデルの瞳に光が戻っていた。 ノイマンが頭の無い死体を抱え上げて立ち上がらせると、ランデルは岩を掻き分け、瓦礫の中に潜っていく。 なんだか嫌な予感がするが、そうでない事を願うしかない。「青い鎧はジャックス王国最強の騎士のみが着用を許されておる! 人間を裏切り、騎士である事から逃げた弱者になど負けはせん!」 地中から決め台詞が聞こえた。 ランデルが背中で瓦礫を持ち上げながらゆっくりと立ち上がる。 パラパラと体からこぼれ落ちる小石が雰囲気を盛り上げているが、もはやギャグでしかない。 嫌な予感が的中したようだ。 あの大根役者は、全てを無かった事にしてやり直そうとしている。 呆れて物も言えない。 乾いた笑いが浮かんでくる。 当の本人は至って真面目なようで
コメ:娘に守られる勇者……おる?コメ:今度こそ死んだかと思ったわ!コメ:勇太の心拍メーターさ、一瞬ゼロになってたんだけど?勇太:あー、回らないお寿司を食べた思い出を振り返ってた時ですかね?コメ:知らんわ!wwwコメ:脳が死を受け入れてて草 膠着状態から一転して大剣同士の激しい打ち合いが始まった。 動きが速すぎて俺には二人が何をしているのか分からないが、右で左で剣戟が鳴り、その度に衝撃波が飛んでくる。 俺はサッとナタリアの後ろに隠れたので、もう安心だろう。 念の為にバリアのポーズをしておいた。「やーっぱり年とったらダメダメじゃんねー? 俺っちのパワーとさー、魔剣ゲイルウィングが合わさっちゃったらさー、だーれも勝てないワケなのよー!」 ランデルが押され始めた。 ランデルは、地に足をつけて腰を起点にした遠心力を生かす攻撃を得意としている。 ネフィスアルバは、それと同等の威力を右腕だけで繰り出せる。 体格差があるため、単純な力の勝負で分が悪いランデルは技術でカバーしていた。 しかし、剣に加えて突きや蹴りの格闘術を織り交ぜ始めたネフィスアルバの猛攻は凄まじく、なかなか反撃の隙を見出せないランデルは後手に回らざるを得なくなってしまった。「ぬぐあっ!」 なんとか紙一重で攻撃を受け流していたランデルであったが、ネフィスアルバの左拳を肩に受け、体勢を崩してしまう。 その隙を見逃さず、ネフィスアルバが強力な袈裟斬りを放つ。 ドラゴンの翼膜のような禍々しい刃がランデルに迫る。 咄嗟に剣の腹を盾にしたランデルであったが、真正面から受け止めた凄まじい衝撃により、後方に吹き飛ばされてしまった。 振り下ろされた魔剣ゲイルウィングの刀身から漆黒の斬撃が放たれたのだ。 剣を振るった軌跡を追うように弧を描いた闇の剣線に押し出されたランデルは、その勢いのまま瓦礫の山に突っ込み、ガランガシャンと音を立てながら埋もれてしまった。 ネフィスアルバが初めて見せた飛ぶ斬撃だった。